「有機農法」と「自然農法」は何が違うのですか?
この2つの農法は、どちらも「環境にやさしい農業」として語られることが多いですが、根本的な哲学がまったく異なります。 その違いを理解するには、「足し算」と「引き算」という対比で考えるとわかりやすいでしょ……
自然農法を象徴する考え方に、一般的に「4つの原則」と呼ばれるものがあります。これらは現代農業の常識を根底から覆すユニークなアプローチであり、初めて聞く人には驚きの連続かもしれません。しかし、それぞれには生態学的な根拠があります。
現代農業では「土を耕してふかふかにする」ことが良いとされています。しかし自然農法では、耕すことは土の構造を破壊する行為だと考えます。
自然の森や草原の土を掘ってみると、何層にも分かれた複雑な構造があることに気づきます。表面には落ち葉や枯れ草が積もり、その下には分解途中の有機物、さらに下には腐植質の豊かな層、そして深部には岩石が風化した鉱物層——という具合です。
この層構造の中には、ミミズが通った跡、枯れた根の跡、菌糸が張り巡らされたネットワークが存在し、これらが空気と水の通り道を作っています(これを「団粒構造」と呼びます)。
トラクターや鍬で土をひっくり返すと、この繊細な構造が一瞬で壊れてしまいます。結果として、土壌微生物の住処が失われ、雨が降れば土は締まって固くなり、また耕さなければならない——という悪循環に陥ります。
不耕起を続けると、最初は土が固く感じることもありますが、数年経つとミミズや根、菌糸の働きで自然と土がほぐれ、「耕したよりもふかふかな土」ができあがります。
「肥料なしで植物が育つのか?」というのは、多くの人が抱く疑問です。しかし、自然農法はこう問いかけます——「森の木々は、誰が肥料を与えているのか?」
山に自生する巨木も、野原に咲く花も、誰かが肥料を撒いているわけではありません。それでも何百年も生き続け、毎年葉を茂らせ、実をつけます。
その秘密は「土壌微生物との共生」にあります。植物の根は、糖分や有機酸を土中に放出しています。これは微生物にとってのご馳走であり、代わりに微生物は土中のリン酸や窒素を植物が吸収しやすい形に変えて提供します。
また、落ち葉や枯れ草が微生物によって分解されると、それ自体が肥料になります。自然農法は、この「自然界の栄養循環」を畑の中で再現しようとする試みなのです。
ただし、この循環が機能するまでには時間がかかります。化学肥料漬けだった土地では、微生物が激減しているため、最初の数年は収穫がほとんどないこともあります。これが自然農法の難しさであり、同時に醍醐味でもあります。
農薬を使わないのは、単に「健康に悪いから」という理由だけではありません。自然農法の視点では、虫や病気の大発生は「土のバランスが崩れているサイン」と捉えます。
特定の害虫が爆発的に増えるのは、その害虫を食べる天敵がいない、あるいは植物自体が弱っていて虫に狙われやすい状態になっているからです。
自然農法の畑では、あえて多様な草を生やし、多様な虫を呼び込みます。害虫もいますが、それを食べるクモやテントウムシ、カマキリ、小鳥もやってきます。こうした「生態系のバランス」が保たれることで、特定の害虫だけが大発生することを防ぎます。
また、窒素肥料を与えすぎた植物は、細胞が水膨れ状態になり、虫にとって「柔らかくて美味しい」状態になります。肥料を断つことで、植物の細胞壁が硬くなり、虫が噛みにくくなるという効果もあります。
現代農業では雑草は「敵」であり、徹底的に排除するものとされています。しかし自然農法では、草も畑の一員として扱います。
草が地面を覆うことで、土の乾燥を防ぎ、真夏の直射日光から土壌微生物を守ります。草の根は土を深く耕し、枯れた後は空洞となって空気と水の通り道を作ります。そして枯れた草は、微生物のエサとなります。
実践者によっては、草を完全に放置するのではなく、「野菜の周りだけは刈り取り、その場に敷く」という方法を取ることもあります。これは「草マルチ」と呼ばれ、刈った草が土を覆って乾燥を防ぎ、分解されて肥料にもなるという、一石二鳥の技術です。
ここで重要なのは、すべての実践者がこの4原則を厳密に守っているわけではない、ということです。
「土ができあがるまでは、最低限の堆肥は使う」「草は刈って敷き詰める」「必要に応じて水やりはする」など、現実的な対応をしている農家も多く存在します。
大切なのは「ルールを守ること」ではなく、「自然のサイクルを壊さないこと」「土壌微生物と共生すること」という根本的な考え方を理解することです。